大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(行ツ)13号 判決 1976年10月12日

上告人 上床愛子

右訴訟代理人弁護士 北村利弥

竹下重人

戸田喬康

河内尚明

被上告人 愛知県高辻県税事務所長 杉浦祥治

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

後藤武夫

大山薫

建守徹

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人が上告人に対してした昭和四六年一一月一三日付不動産取得税賦課処分を取り消す。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人北村利弥、同竹下重人、同戸田喬康、同河内尚明の上告理由について

昭和三八年法律第八〇号による改正前の地方税法(以下単に「法」という。)一八条一項は、地方団体の徴収金を目的とする地方団体の権利につき、いわゆる賦課権及び徴収権の区別をすることなく、その「権利は、これを行使することができる日から五年を経過したときは、時効により消滅する。」と定めていたものであるところ、右にいう「これを行使することができる日」とは、租税法律関係の安定を図ろうとする右規定の趣旨とその沿革に徴すると、地方税の賦課については、法定の課税要件を充足する事実が発生し、課税権者において法律上その賦課処分をすることができることとなった日をいうものと解するのが、相当である。そして、不動産取得税は、不動産の所有権の取得を課税原因とし(法七三条の二第一項)、その取得の事実が発生したときは、それについての登記又は申告等をまたず、法律上いつでもこれを課することができるのであるから、前記五年の期間は、右所有権取得の日を基準としてこれを起算すべく、その登記又は申告等の日を基準とすべきものと解することはできない。なるほど、不動産の所有権取得の事実は、それにつき当事者から登記又は申告等がされなければ課税権者においてこれを知ることが通常困難であることは否定しえないところではあるが、そのような課税原因捕捉の事実上の困難さは、不動産取得税のみに特有のことではないし、また、法が、不動産取得税の賦課徴収を確保するために徴税吏員に対して罰則のある強力な質問検査権を与えている(法七三条の八及び九参照)ことなどを考え合わせると、右の事実上の困難性のみを理由として前記の解釈を否定することは当をえたものとはいいがたい。

これを本件についてみると、原審の確定するところによれば、上告人が本件不動産の所有権を取得したのは昭和三八年五月九日であり、これに対して不動産取得税が課されたのは同四六年一一月一三日であるというのであるから、右賦課処分は、これを行うことができる日から五年を経過したのちにされたものとして違法であるといわなければならない。しかるに、原判決及びその引用する第一審判決は、右賦課処分が上告人の所有権取得登記の日から五年内にされていることを理由に同処分を適法としているのであって、右の判断は先に説示した法一八条一項の解釈を誤ったものというほかなく、その違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原判決を破棄し、第一審判決を取り消したうえ、右賦課処分の取消を求める上告人の請求を認容することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部高顯 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 環昌一)

上告代理人北村利弥、同竹下重人、同戸田喬康、同河内尚明の上告理由

原判決(その引用する一審判決を含む)には以下に詳述するとおり判決に影響を及ぼすこと明らかな判例違反及び法令解釈の誤りがある。

第一判例違反

一、上告人が本件不動産を取得したのは昭和三八年五月九日であり、右不動産の取得につき不動産取得税を課税するにあたっては昭和三八年法律第八〇号による改正前の地方税法(昭和二五年法律第二二六号)の規定が適用されるべきことは第一審判決が正当に認定したとおりである。

二、右地方税法一八条一項は「地方団体の徴収金の徴収を目的とする地方団体の権利(以下本節において「地方税の徴収権」という)は、これを行使することができる日から五年を経過したときは、時効により消滅する。」と規定し、同条三項は「地方税の徴収権の時効については本節に別段の定めがあるものを除き、民法の規定を準用する。」と定めていた。

ここにいう「地方税の徴収権」には課税処分によって具体的に確定した不動産取得税債権の請求権だけではなく、不動産の取得という事実により課税要件が充たされたことに基いて徴税吏員が随時課税処分をすることによって租税債権を具体的に確定し、次いでその履行を請求する権利(いわゆる課税権)も含まれることも、第一審判決の認めるとおりである。

三、しかし、この「地方税の徴収権」の消滅時効の起算点である「これを行使することができる日」が、具体的にどのような時点を指すものであるかについては地方税法令中に別段の定めは置かれていなかったのであるから、民法一六六条一項の「消滅時効ハ権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」という規定が準用されるべきであり、同条項の解釈に関する判例が、右地方税法一八条一項の解釈についての先例とされなければならないことになる。

四、民法一六六条一項にいう「権利ヲ行使シ得ル時」とは、権利行使につき法律上の障碍がないことをいうのであって、特別の規定がある場合の外は権利者において権利発生の事実を確知していることを要しないものと解されている(大審院大正六年一一月一四日判決民録二三輯一九六五頁、大審院昭和一二年九月一七日判決民集一六巻一四三五頁)。

五、本件について考えるに、上告人が本件不動産を取得したのは昭和三八年五月九日であるから、前述の「これを行使することができる日」もまたこの日と考えるべきである。従って昭和三八年五月一〇日から満五年を経過することによって、すなわち昭和四三年五月九日の経過によって前記地方税の徴収権もまた消滅したものといわなければならない。

被上告人が上告人に対して本件不動産の取得につき不動産取得税を賦課したのは、昭和四六年一一月一三日であり、明らかに本件不動産の取得からは満五年以上を経過しているのである。

被上告人の為した本件不動産取得税の賦課処分は、同税の徴収権が時効によって消滅した後になって為された無効の処分であるから、その無効を確認する趣旨で当然に取消されるべきものといわなければならない。

六、ところが、原判決は、上告人の右の如き主張を排斥して、「不動産取得税において、これを行使することができる日とは、やはり課税権者たる道府県において課税原因が発生したことを知りうべき日であり、登記、申告あるいは市町村長からの通知等があった日と解するのが相当であると思料する。」と述べている。

この判断は、前述のように地方税の徴収権又は不動産取得税の徴収権の消滅時効の起算日について地方税法令上何ら別段の定めがないのにもかかわらず、前記民法一六六条一項に関する判例に違背していることは明らかである。

この判例違背の判断が原判決に影響を及ぼすべきことはこれ以上の説明を要しないところである。

第二法令解釈の誤り

一、原判決は、不動産取得税に関する地方税法令の改正経過に照らしても、不動産取得税徴収権を行使することができる日がいつであるかについては明文の規定がなく、解釈によって論定されなければならなかったとし、旧くから権利を行使することができる時とは、権利を行使するのに法律上の障碍がなくなった時とする民法解釈上の原則が租税債権についても準用されるから不動産取得税の如く随時税にあっては課税原因事実の発生した時から消滅時効が進行するとする有力な学説(美濃部達吉日本行政法下巻一二七二頁一一八二頁)の存したことを認めながら、「地方税ニ関スル法律」(大正一五年法律二四号)が適用される事案について徴税官庁において「納税義務者の申告その他の事実により不動産所有権の取得があったことを確認し得べき場合にはその事実のあった時、そうでなければ不動産所有権取得の登記があった時とする裁判例があったこと(行政裁判所昭和七年一〇月四日判決、行録四三輯七八五頁)、昭和三五年五月一六日付自治庁税務局長の通達によって、全国的に右行政裁判所判決の趣旨にそった取扱いをするよう統一されたことなどを重視して右地方税法一八条一項を前述のように解釈すべきである」とした。

二、しかしながら、原判決の右判断は右地方税法一八条一項の解釈を誤ったものであるといわなければならない。

行政裁判所の判決は、大日本帝国憲法下にあった特別裁判所の判断であって日本国憲法施行後の地方税法の解釈につき、これをそのまゝ先例とすることはできないものであるし、自治庁税務局長の通達が法規範でないことは明白であるから通達に依拠している徴税実務の実情がどのようであるかということは右条項の正当な解釈を左右するものではない。

三、原判決は控訴審において上告人が「本件後の昭和三八年法律第八〇号による地方税の改正により賦課権の行使について原則として法定納期限の翌日から三年の期間制限規定が設けられたが、不動産取得税の賦課権行使については、これが特に五年間と定められた経過に徴すれば不動産取得税について右による改正前の地方税法一八条の「これを行使することができる日」とは、課税原因発生の時と理解されていたことが推認される」と主張したことについて右の改正における措置は徴税の実際を顧慮したに過ぎないとして上告人の主張を排斥した。

四、しかし右改正後の地方税法一七条の五、一項では賦課権の制限期間の起算日は不動産取得税のような随時税については「その地方税を課することができることとなった日」と定められており、この日がまた地方税の消滅時効の起算日とされているのである。

右改正後の地方税法一七条の五、一項の「その地方税を課することができることとなった日」とは徴税官庁の知、不知にかかわらず課税原因たる事実が発生した日であることは明らかである。

もし、これをも「課税原因事実の発生を知り得べき日」と解するならば不動産取得税等について課税の制限期間を特に五年という長期とする必要がないからである。この点原判決の理解は誤っているという外はないのである。

五、してみれば右の改正後の一八条一項の「その地方税を課することとなった日」も同様に課税原因事実発生の日と解すべきものである。右による改正前の一八条一項の「権利を行使することができる日」と改正後の同条項の「その地方税を課することができることとなった日」とは文言の差異にかかわらず、その意味するところは同一と解すべきである。

六、また地方税法七二条の一七によれば、不動産取得税は普通徴収の方法、即ち徴税吏員が納税者に徴税令書を交付して納税の告知をすることにより徴収しなければならないものとし、この納税の告知は徴収権の消滅時効の中断事由とされている(同法一八条一項二号)。

右の改正後の一八条によれば不動産取得税の消滅時効は課税原因事実発生の時から進行し、徴税令書の交付によって中断されることになる。

右の改正の経緯にてらせば、不動産取得税の賦課権と徴収権とを一つのものとして規定上考えていた右改正前の同法一八条にいう「権利を行使することができる日」は課税原因事実発生の日と解するのが当然である。

七、原判決は明文の根拠もないまゝに右「権利を行使することができる日」を「課税権者において課税原因が発生したことを知り得べき日」としたものであって、これは右地方税法一八条の解釈を誤ったものといわなければならず、この解釈の誤りが判決に影響を及ぼすべき重大なものであることは、その理由中から極めて明白である。

八、なお昭和三八年法律八〇号による課税処分の期間制限の規定が置かれるについては次のような背景があったことを重視しなければならない。

昭和三六年七月五日付で為された税制調査会の「国税通則法の制定に関する答申」はその第三租税債権の期間制限一、賦課権の期間制限3除斥期間の長さの項で次のとおりの答申を為している。

「(1)権利の変動があった場合に登記又は登録をするものとされている不動産、記名株式その他の財産については、所有権の移転等があった場合にその移転等と同時に名義の変更をするのが通常である。この場合に、名義変更がなされないでしかも納税者からの申告がないときは、その移転等の事実を知ることが通常困難であるところから、故意に名義変更を遅延させて賦課権の制限期間を経過させるに至ることも考えられる。そこでこのような事態に対処するため当該移転に係る賦課権の除斥期間についてはその名義変更が行われた日から三年間は、本来の除斥期間経過後においてもなお賦課権を行使できるものとする」。

九、右答申の趣旨にそって国税に関する法律が制定されれば、地方税法においても同趣旨の規定が置かれたはずであるが、昭和三七年法律六六号による国税通則法の制定に際しては答申中この部分に関するものは実現を見なかったのである。

そこで課税原因事実の把握が特に困難と思われる不動産取得税について特に長い五年という期間が定められることになったのである。

右の経過からも右改正前の消滅時効の起算日は課税原因事実発生の日と解されていたことが十分に推認されるのである。

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